アナボリックステロイドのサイクル例とケア剤
1. アナボリックステロイドとは
1.1 定義と基本概念
アナボリックステロイド(Anabolic-Androgenic Steroids: AAS)は、男性ホルモンであるテストステロンの合成誘導体です。「アナボリック」は同化作用(筋肉増強効果)を、「アンドロゲニック」は男性化作用を意味します。これらの化合物は、タンパク質合成を促進し、筋肉量の増加と脂肪減少を促す作用を持ちます。
1.2 作用機序
アナボリックステロイドは以下のメカニズムで作用します:
- アンドロゲン受容体結合: 細胞内のアンドロゲン受容体に結合し、遺伝子発現を調節
- タンパク質合成促進: mRNAの転写を増加させ、筋タンパク質の合成を促進
- 窒素保持改善: 筋肉組織での窒素バランスを正に保ち、異化作用を抑制
- 赤血球増加: エリスロポエチンの産生を刺激し、酸素運搬能力を向上
1.3 医療用途
医療現場では、以下の症状に対して処方されます:
- 性腺機能低下症(Hypogonadism)
- 筋萎縮性疾患
- 重度の火傷や外傷後の回復
- HIV関連の体重減少
- 骨粗鬆症の治療
2. サイクルの基本概念
2.1 サイクルとは
サイクルとは、アナボリックステロイドを一定期間使用し、その後休薬期間を設ける使用パターンのことです。一般的に6-16週間の使用期間と同等またはそれ以上の休薬期間を設けます。
2.2 PCT(ポストサイクルセラピー)
PCT(Post Cycle Therapy)は、ステロイドサイクル終了後に自然なホルモン産生を回復させるための治療期間です。通常4-6週間実施され、HPTA軸(視床下部-下垂体-性腺軸)の正常化を目的とします。
2.3 オン・オフ期間
オン期間: ステロイドを積極的に使用している期間
オフ期間: ステロイドを使用せず、体内のホルモンバランスを回復させる期間
3. サイクル例10種
3.1 初心者向けサイクル
サイクル1: テストステロンエナンセート単体
| 週 | テストステロンエナンセート | アリミデックス | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1-12 | 300-500mg/週(分割投与) | 0.5mg 隔日 | 初回サイクル推奨 |
| 13-14 | 休薬 | 0.25mg 隔日 | ウォッシュアウト期間 |
| 15-18 | PCT実施 | 必要に応じて継続 | ノルバデックス40/40/20/20mg |
サイクル2: テストステロンシピオネート + オキサンドロロン
| 週 | テストステロンシピオネート | オキサンドロロン | 肝臓保護剤 |
|---|---|---|---|
| 1-10 | 400mg/週 | – | – |
| 7-12 | 継続 | 40-60mg/日 | TUDCA 500mg/日 |
サイクル3: テストステロンプロピオネート(短期)
| 週 | テストステロンプロピオネート | 投与頻度 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 1-8 | 100mg | 隔日投与 | 短時間作用、副作用管理しやすい |
3.2 中級者向けサイクル
サイクル4: テストステロン + ナンドロロンデカノエート
| 週 | テストステロンエナンセート | ナンドロロンデカノエート | カベルゴリン |
|---|---|---|---|
| 1-14 | 500mg/週 | 400mg/週 | 0.5mg 週2回 |
サイクル5: テストステロン + ボルデノンウンデシレネート
| 週 | テストステロンエナンセート | ボルデノンウンデシレネート | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 1-16 | 500mg/週 | 600mg/週 | 持久力向上、赤血球増加 |
サイクル6: リーンゲイン目的サイクル
| 週 | テストステロンプロピオネート | マスターロンプロピオネート | ウィンストロール |
|---|---|---|---|
| 1-12 | 100mg 隔日 | 100mg 隔日 | – |
| 9-12 | 継続 | 継続 | 50mg/日 |
3.3 上級者向けサイクル
サイクル7: 高用量バルキングサイクル
| 週 | テストステロンエナンセート | ナンドロロンデカノエート | メテノロンエナンセート | 成長ホルモン |
|---|---|---|---|---|
| 1-16 | 750mg/週 | 600mg/週 | 400mg/週 | 4IU/日 |
サイクル8: コンテスト準備サイクル
| 週 | テストステロンプロピオネート | トレンボロンアセテート | マスターロンプロピオネート |
|---|---|---|---|
| 1-12 | 100mg 隔日 | 75mg 隔日 | 100mg 隔日 |
サイクル9: パワーリフティング向けサイクル
| 週 | テストステロンシピオネート | オキシメトロン | ナンドロロンデカノエート |
|---|---|---|---|
| 1-4 | 600mg/週 | 100mg/日 | 400mg/週 |
| 5-12 | 継続 | 中止 | 継続 |
サイクル10: 女性向け低用量サイクル
| 週 | オキサンドロロン | メテノロンアセテート | 注意事項 |
|---|---|---|---|
| 1-6 | 10-20mg/日 | 25mg 週2回 | 男性化徴候の厳重監視 |
4. 副作用
- エストロゲン関連: 女性化乳房、水分貯留、高血圧
- アンドロゲン関連: にきび、脱毛、前立腺肥大
- 肝毒性: 肝酵素上昇、胆汁うっ滞
- 心血管系: HDLコレステロール低下、LDL上昇
5. ケア剤の種類と使用方法
5.1 アロマターゼ阻害剤(AI)
アナストロゾール(アリミデックス)
作用機序: アロマターゼ酵素を選択的に阻害し、テストステロンからエストラジオールへの変換を防ぐ
使用方法: 0.25-1mg 隔日から毎日
監視項目: エストラジオール値、関節痛、骨密度
エキセメスタン(アロマシン)
作用機序: 不可逆的アロマターゼ阻害剤、ステロイド構造を持つ
使用方法: 12.5-25mg 隔日
特徴: リバウンド効果が少ない、軽度のアンドロゲン様作用
| 薬剤名 | 半減期 | 推奨用量 | 主な副作用 |
|---|---|---|---|
| アナストロゾール | 46時間 | 0.25-1mg/日 | 関節痛、骨密度低下 |
| エキセメスタン | 24時間 | 12.5-25mg/日 | 疲労感、頭痛 |
| レトロゾール | 45時間 | 0.25-2.5mg/日 | 強力な作用、過度な抑制注意 |
5.2 選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM)
タモキシフェン(ノルバデックス)
作用機序: エストロゲン受容体に競合的に結合し、組織特異的な拮抗作用を示す
PCT使用方法:
- 週1-2: 40mg/日
- 週3-4: 20mg/日
- 週5-6: 10mg/日(必要に応じて)
クロミフェンクエン酸塩(クロミッド)
作用機序: 視床下部のエストロゲン受容体を阻害し、GnRH分泌を促進
PCT使用方法:
- 週1-2: 100mg/日
- 週3-4: 50mg/日
5.3 hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)
作用機序: LHに類似した作用を持ち、ライディッヒ細胞を直接刺激してテストステロン産生を促進
使用方法
| 使用タイミング | 用量 | 頻度 | 期間 |
|---|---|---|---|
| サイクル中(維持療法) | 250-500IU | 週2回 | サイクル全期間 |
| PCT前準備 | 500-1000IU | 隔日 | 10-14日間 |
5.4 肝臓保護剤
TUDCA(タウロウルソデオキシコール酸)
作用機序: 胆汁酸の流れを改善し、肝細胞保護作用を発揮
使用方法: 500-1000mg/日、経口ステロイド使用時
NAC(N-アセチルシステイン)
作用機序: グルタチオンの前駆体として抗酸化作用を発揮
使用方法: 600-1200mg/日
5.5 その他サポートサプリメント
| サプリメント | 目的 | 推奨用量 | 使用タイミング |
|---|---|---|---|
| コエンザイムQ10 | 心血管保護 | 100-200mg/日 | サイクル全期間 |
| オメガ3脂肪酸 | 炎症抑制、心血管保護 | 2-3g/日 | 継続摂取 |
| ホーソンベリー | 血圧調節 | 500mg 2回/日 | 血圧上昇時 |
| セルリー種子エキス | 血圧調節 | 300mg 2回/日 | 血圧管理 |
6. PCT(ポストサイクルセラピー)の詳細
6.1 PCTの重要性
PCTは、外因性ステロイド使用により抑制されたHPTA軸の回復を促進する重要な治療期間です。適切なPCTを行わない場合、以下のリスクがあります:
- 長期的な性腺機能低下
- 筋肉量の急激な減少
- うつ症状、性欲減退
- 代謝機能の低下
6.2 標準的PCTプロトコル
軽度サイクル後のPCT
| 週 | ノルバデックス | クロミッド | その他 |
|---|---|---|---|
| 1-2 | 40mg/日 | – | 亜鉛、ビタミンD |
| 3-4 | 20mg/日 | – | 継続 |
中強度サイクル後のPCT
| 週 | ノルバデックス | クロミッド | hCG |
|---|---|---|---|
| 1-2 | 40mg/日 | 100mg/日 | – |
| 3-4 | 20mg/日 | 50mg/日 | – |
7. モニタリングと血液検査
7.1 必須検査項目
| 検査項目 | 正常範囲 | 検査頻度 | 監視理由 |
|---|---|---|---|
| 総テストステロン | 300-1000ng/dL | 4-6週毎 | HPTA軸の状態確認 |
| エストラジオール | 10-40pg/mL | 4-6週毎 | アロマ化の程度確認 |
| LH/FSH | 1.5-9.3 mIU/mL | PCT前後 | 下垂体機能確認 |
| プロラクチン | 2-18ng/mL | 4-6週毎 | 19-norステロイド使用時 |
| AST/ALT | 10-40 IU/L | 4週毎 | 肝機能監視 |
| 総コレステロール/HDL/LDL | 個別基準値 | 6-8週毎 | 心血管リスク評価 |
| 血算(CBC) | 個別基準値 | 6-8週毎 | 血液学的変化監視 |
7.2 検査タイミング
- ベースライン: サイクル開始前4週間以内
- サイクル中: 4-6週間隔で継続監視
- PCT期間中: 2-4週間隔
- フォローアップ: PCT終了後4-8週間後
某薬局の薬剤師です。

