水虫の種類と治療方法
新しい経口抗真菌剤イトラコナゾールの登場
40年前使われていたポリック軟膏は、1963年に発売されたヨードを含んだ水虫薬です。それ以前の薬は効果が得にくいにもかかわらず、かぶれを起こしやすく、かえって症状を悪化させてしまうことが少なくありませんでした。それに比べると、ポリック軟膏は当時にしてみれば画期的な薬だったといえるでしょう。真菌は人間の細胞と同じような構造をしているため、真菌のみに作用する薬を開発することは、当時の科学力では難しかったのです。というのも、真菌に効く薬は、人間の細胞にも
作用してしまい、副作用が強く現れたからです。
この副作用は、とくに経口抗真菌剤を使用した際、引き起こされることが少なくありませんでした。当時、最も広く使用されていたのは、1958年に発売されたグリセオフルビンという内服薬です。この薬は、白癬菌の活動を抑える力は優れていたものの、頭痛、腹痛、肝機能障害などの副作用に悩まされた人が少なくなかったのです。
そんな状況の中で、新しく登場したのがクロトリマゾール(1975年)というドイツ製の薬です。イミダゾール環という構造を持っており、白癬菌のみならずカンジダや痛風菌にも有効な薬です。かぶれを生じる割合も1〜2%ほどしかなく、使いやすい薬でした。そこで研究者たちは、イミダゾール環を持つすべての抗真菌作用をシラミつぶしに調べました。この結果、8種類のイミダゾール系薬物が開発されました。
一方、1992年には抗真菌剤開発の第2波がやってきました。ベンジルアミン系というまったく別の化学構造物質が発見されて、塩酸ブテナフィンという薬が生まれたのです。
また、1993年以後には、イミダゾール系(3剤)、アリルアミン系(1剤)、モルホリン系(1剤)、チオカルバメート系(1剤)などが続々と登場しました。その後、新たに登場した内服薬が、イミダゾール環より発見されたトリアゾール環を持つイトラコナゾール(1993年)、ベンジルアミン系の第3世代に当たるアリルアミン系のテルビナフィン(ラミシール)(1997年)
です。
20世紀の後半は、抗真菌剤の開発競争の時代でした。とくに1990年代に入ってからは、内服薬の研究とこれらの適切な使用方法をめぐり、臨床医の間でさまざまな論争が繰り広げられていたのです。
殺真菌作用の強い経口抗真菌剤イトラコナゾールの出現
そのため、近い将来、水虫の治療は内服薬が中心になる可能性も考えられます。そこで次には、主な経口抗真菌剤の特徴について簡単にまとめてみましょう。
グリセオフルビンは、真菌のDNA合成を阻害する働きがあるため、内服すると真菌の分裂を抑えることができます。といっても、菌の分裂を妨げる作用しかないため、途中で内服をやめると生き残っていた菌が再び分裂・増殖し始めてしまいます。そのため、グリセオフルビンを使用する場合は、病気が治るまでずっと飲み続けなければ、水虫を完全に克服することはできませんでした。
一方、近年開発されたイミダゾール系薬剤のクロトリマゾール、トリアゾール系薬剤のイトラコナゾール、アリルアミン系薬剤のテルビナフィンは、真菌の細胞膜の合成を妨げます。
これらの新薬が優れている点は、真菌の細胞膜の成分であるエルゴステロールの合成を阻害することにあります。薬の有効成分が病巣に届くと、真菌の細胞膜が破け、その時点で菌は死滅するのです。
しかも、人間の細胞膜にはエルゴステロールが含まれていないため、副作用が少なくてすみます。したがって皮膚のターンオーバー(新陳代謝)を待たなくても、1定の期間薬を使用すれば、その後内服をやめても、菌が死んだまま体外へ排出されるため、病気もそのまま治ってしまうというわけです。
ただし、水虫にはさまざまな種類がありますので、どんなに優れた内服薬が生まれても、すべて内服薬で治療するというわけにはいきません。病気の種類、部位(角質層、毛、爪、皮膚の深部、内臓)、原因、誘因、重症度などを考えて、治療計画を立てる必要があるからです。
水虫以外の真菌にも有効な水虫内服薬
グリセオフルビン、トルナフタートなどの古いタイプの薬は、白癬菌にしか効果がなく、カンジダ、痛風菌などその他の真菌には無効でした。インキンタムシと誤診してカンジダ性間擦疹に対してグリセオフルビンを投与しても、まったく効果がありませんでした。しかし、最近のイミダゾール系薬剤やイトラコナゾールは白癬菌、カンジダ、痛風菌の3者に有効です。
しかもイトラコナゾールは、内臓をおかすさまざまな真菌症の治療にも効果を発揮します。
角質(ケラチン)に親和性の高い水虫薬
近年の多くの研究によると、抗真菌力のある新しい外用剤は、角質層内への浸透率が十分に得られるとの結果が報告されています。
一方、飲み薬として抗真菌剤を使用した場合は、胃腸から吸収された有効成分が血液中へ運ばれ、真皮・表皮を通して角質内にしみ込んでいくことが明らかになってきました。
こうした効果が得られるのは、新しいタイプの抗真菌剤が、ケラチンとの親和性が高く、角質層に長くとどまることができるからです。このことは、長期間にわたって角質層から抗真菌剤が検出されることからもわかります。つまり、ケラチン好性真菌である白拵菌の治療には、新しいタイプの抗真菌剤が望ましいといえるでしょう。
しかも最近の薬は、1日1回、風呂上がりに塗布するだけで十分な効果が得られます。1日に2〜3回、塗布しないと効きめが少なかった古いタイプの外用薬に比べ、患者さんの負担を軽減できるという大きなメリットもあります。 1日に何度も塗るのは、輝みの強い間は苦にならないものです。しかし、症状がなくなってからも、毎日2回も3回も薬を塗るのは面倒でしょう。
ただ、正直なところ、この言葉とは裏腹に「毎日塗るのは大変だろう」とも思っています。
「面倒くささ」という意味では、薬をきちんと塗り続けられない患者さんの気持ちがわからないではないからです。そんな場合は、「週に1回でもよいですから塗ってください」と塗布する回数を減らすようにしています。
新しい薬の有効性を考えると、症状を今以上に悪化させず、白癬菌を周囲にまき散らさないようにするのみなら、週に1度の塗布でも十分だからです。
一方、内服薬の場合はどうでしょうか。
イトラコナゾールは、1週間薬を内服すれば、その後内服をやめても3〜4週間は角質層に薬が結合して、菌を殺すことができます。爪白癬の場合も、4〜5ヵ月間内服するだけで、爪がはえかわる期間の8〜10ヵ月は、爪甲内のケラチンに有効成分が結合しています。そのため、4ヵ月で内服を中止し、この時点で爪が完全に治っていなくても、爪の成長とともに治癒させることができるのです。
また、体部白癬(タムシ)や股部白癬(インキンタムシ)ならば、理論的には1週間の内服で治癒するはずです。
この内服方法を実際に患者さんに試していただくと、80%以上の方が効果を得ています。
新しい水虫薬イトラコナゾールは副作用が少ない
古いタイプの外用薬は、皮膚刺激性が強いため、20人に1人はかぶれを起こし、もとの症状より数倍も悪化してしまうことがありました。そのため、皮膚症状を十分に注意しながら薬を使用する必要があったのです。新しい抗真菌剤も、1〜2%の確率でかぶれなどの副作用を起こすことがありますので、安全になったとばかりはいえません。使用し始めて7〜10日目くらいが1番かぶれを起こしやすい時期であり、症状が急変するようでしたら、早めに診察を受けてください。水虫の治療を行ううえで、患者さんが最も心配されるのが内服薬の副作用です。数十年前から広く使用されてきたグリセオフルビンには、前述のとおり、胃腸障害、頭痛、肝障害、光線過敏型薬疹などの強い副作用を引き起こすことがありました。このことが、「水虫の内服薬は、副作用がコワイ」というとても暗いイメージを多くの人に植えつけてしまったのかもしれません。実際、副作用の問題から、グリセオフルビンを長期間内服し続けられる人は、3人に1人いればよいほうだったのです。一方、新しいタイプの薬は、副作用が格段に減っています。とはいえ、「まったくない」といい切れるほどではないため、医師の慎重な指導が必要です。
たとえば、新薬の中でも白柳菌を殺菌する力がいちだんと強いイトラコナゾールは、2〜3%の割合で胃の不快感や腹痛を訴える人がいます。しかし、2,3日休薬すれば治ってし
まう程度のものです。ただし病巣に届かなかった有効成分の排泄は、肝臓、胆道を経由して行われますので、肝炎や胆石の人は注意が必要です。正常な人でも、1〜ニカ月の間隔で肝機能検査を受けたほうがよいでしょう。
イトラコナゾールを使用するうえで、最も気をつけるべきことは、他の薬との相互作用です。飲み合わせの悪い薬と1緒に飲むと、相手側の薬の副作用が強く出てしまうことが多いのです。飲み合わせの悪い薬は、現在30種以上あるので医師、薬剤師の巌重な監視が必要となります。併用禁忌薬はシサプリド、テルフェナジン、アステミゾール、トリアゾラムで、慎重投与薬はピンクリスチン、シンバスタチン、キニジン、リファンピン、フェニトイン、ミダゾラム、シクロスポリン、ジゴキシン、H2遮断薬、ワルファリンなど多数あります。
また、テルビナフィンも、副作用の少ない優れた薬です。ただ、イトラコナゾール同様、副作用がまったくないというわけではありません。報告されている副作用は、胃腸障害、薬疹、味覚障害です。私もたくさんの患者さんへ使用していますが、
⑴軽く胃にくることがあるので、食後に飲むこと
⑵他の抗生物質と同じように特異体質で体が痒くなることがあるが、そのときは内服をやめて早めに受診すること
⑶定期的に血液検査を受けること
などの点を注意していただくようにしています。
テルビナフィンは、味覚障害を引き起こす危険性があると海外でたびたび指摘されています。しかし、私が使用する限りでは、これはさほど問題にはなっていません。
排泄は、肝臓、胆道と腎臓を経由します。ですから、肝臓、腎臓の悪い人が使用する際には、医師の慎重な診断が必要です。もちろん正常な人でも、1〜2カ月の間隔で血算、肝機能検査は受けたほうが賢明でしょう。
また、リファンピシンやシメチジンなどとの併用で本剤の血中濃度が上昇・下降することがありますが、イトラコナゾールとは異なり、併用薬剤との相互作用はほとんどありません。
週1回の内服で爪水虫が治る!?
1991年、カナダのモントリオールで国際的な医真菌学会が聞かれたことがあります。
このとき、南米のコスタリカに在住する深在性真菌症の大家モンテロ・ゲイ先生が参加され
ていました。
モンテロ先生はトリアゾール環を持つ経口抗真菌剤フルコナゾールを週に1回150ミリグラムだけ内服し、これを6〜7ヵ月間続ければ、爪白癬が治ると発表されました。
当時、水虫薬といえば、長期間使用しなければ効果が得られないグリセオフルビンが主流でした。そのため、モンテロ先生が提言された「週1回療法」は画期的だと、まさに1同の注目を集めたのです。私もモンテロ先生の発表を拝聴し、驚きを隠せないでいると、先生直々にこの「週1回療法」をていねいに教えてくれたことを今でも党えています。
新しい水虫薬は、これまで説明してきましたように、
⑴殺真菌作用が強い
⑵水虫菌以外の真菌にも効果がある
⑶角質に親和性が高い
⑷副作用が少ない
など、従来の水虫薬にはない性質を持っています。この優れた性質をいち早く見抜いたのがモンテロ先生で、「週1回の投与でも有効である」と実際の治療から得たデータをもとに、具体的に説明されたのです。患者さんを注意深く観察し、その中から病気を治す最善策を探っていくことが、臨床医の役目です。モンテロ先生のお話を聞きながら、私はそのことを改めて実感しました。
一方、わが国では、医師が患者さんを間違えて手術したり、誤った薬を投薬したりして、連日マスコミをにぎわしています。臨床医でない研究者が患者さんを診療するという、日本の医学界の構造が事故を誘発している一因だと私は考えています。社会に定着している「優れた研究者が優れた臨床医である」という評価は、日本特有のものであり、一概に正しいとはいえないのです。
イトラコナゾールのパルス療法、テルビナフィンの短期療法
モンテロ先生の「週1回療法」は、次に登場したイトラコナゾールとテルビナフィンの使用方法に大きな影響を与えました。
イトラコナゾールのパルス療法
イトラコナゾールを使用するときは、「パルス療法」という方法が採用されます。これは、「薬を1週間飲んで、3週間体薬する。これを1パルスとして、1ヵ月に1度、4〜5回繰り返す」というものです。「パルス療法」を行えば、患者さんの通院は月に1度でよいため、忙しい毎日を送っている人でも診察を受けるのが苦にならずにすむでしょう。
テルビナフィン(ラミシール)の服用方法
テルビナフィンの場合は「短期療法」になります。
1日250㎎のテルビナフィンを3ヶ月〜6ヶ月間飲み続け、その後は様子見になります。
わが国においては、このような薬の特殊な投与法が厚生省の保険適用からはずされており、「パルス療法」や「短期療法」は正式にはまだ認められていません。これも患者さ
んの利益を無視したお役所的なやり方であり、モンテロ先生の臨床データを正しく評価できなかった研究重視の日本の医学界の体質の影響といえるでしょう。
また、モンテロ先生が考案したフルコナゾールという薬は、日本では内臓の真菌症には使用できますが、水虫の治療には厚生省の許可が得られず、残念ながら現在も使用することができません。
外用薬は液剤とクリーム剤のどちらが効果的か
経口抗真菌剤の話が長くなりましたが、水虫治療の大原則は、やはり塗り薬(外用抗真菌剤)です。その理由は、
⑴病巣部に塗布するだけで、菌を殺すことのできる十分な濃度の薬剤(抗真菌活性物質)を浸透させることができる
⑵人体に対して毒性、副作用が少ない
⑶治療費が少なくて済む
という点からです。内服薬を使用するのは、病巣部位が広範囲で塗るのが大変な場合や、外用薬のみではすぐ再発したり完治できない場合などが主です。つまり、内服薬はあくまでも外用薬の補助として用いられています。外用薬は、有効成分である「主剤」と、溶媒である「基剤」とを組み合わせてつくられています。水虫薬の場合、主剤の主なものは抗真菌活性物質です。一方、基剤には主剤の効果を長持ちさせるためや使用感など、目的に応じて油脂やアルコールなどが使い分けられます。そして、この基剤によって外用薬のタイプが分類されます。たとえば、東京から大阪へ出かけるとしましょう。交通の手段には、新幹線、飛行機、高速バスなどがあります。これを外用薬に見立てると、主剤が人で基剤が乗り物です。薬の有効成分である主剤は、何らかの乗り物を利用しないと、目的の病巣部へ到達できないのです。
基剤には、液剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤などがあります。この他に、爪白癬の治療のために、現在、マニキュアが基剤の外用薬を開発中で、3〜4年のうちに使用できるようになると思います。マニキュアの中に抗真菌剤を入れることで、爪に塗っているうちに爪白癬が治るというアイディアのものです。
いくつもある基剤の中で、どれを選んだらよいのか迷われる方も多いことでしょう。実は、皮膚病の治療で、基剤選びは最も大切で難しいところでもあります。選択のポイントは1言でいうと、「皮膚症状をよく観察して、その状態に応じた剤型を選ぶ」のが基本です。たとえば、趾間びらん型足白癬やカンジダ性指間びらんなど、皮膚が浸軟・びらんしている面に対して、アルコール液剤は刺激が強いため、患部がしみて痛むことが多々あります。
また軟膏剤は、塗るとベトベトして嫌だという患者さんも少なくありません。
患部をかきすぎたり、かぶれや化膿を引き起こしてこじらせている場合は、基剤選びを慎重にする必要があります。一方、さほど悪化していない場合には、基剤によって効果に大きな差が生じることはありません。この場合は、私は患者さんの好みを聞いて、それに応じて剤型を選んでいます。とくに希望がないときは、クリーム剤を勧めています。なぜなら、クリーム剤には、
⑴見た目が、テカテカしたりせずきれいである
⑵軟膏ほどはベトベトせず、石けんを使わなくても水で洗い流せる
⑶薬の伸びがよく、少量で広い面積へ塗ることができる
⑷角質層への浸透性がよい
などの利点があるからです。ただ、クリーム剤は多少ベタベタすることもあり、日常診療では液剤を希望される患者さんが多いのも事実です。しかし、液剤は使いすぎてすぐになくなったり、クリーム剤に比べて浸透性が落ちるなどの欠点があります。
素人療法はケガのモト
過った判断は悪化の原因になる
ときどき、水虫ではないのに水虫だと勘違いし、市販薬を塗布し続け、症状を著しく悪化させてしまう人がいます。こうしたことを防ぐためには、やはり素人判断はせずに、1度は専門医の診断を受けることをお勤めします。
最近は優れた市販薬も出てきていますが、水虫の薬ならなんでも効く、ということはありません。自分の症状には効果がない薬を塗り、よくなるどころかかぶれてしまう。それでも薬の塗り方がたりないのではとしつこく使い続ける。しまいには、どうにもならないほどの
痒みと悪臭に悩まされ病院にかけこんでくる、という人が多いのです。
なぜ、こうしたことが起きるのか。ここには、薬に対する考え方の根本的な誤りがある、と私は考えています。まず第1に、「薬を塗ってしみるのは、水虫に対する殺菌効果が高い証拠」だと、薬が持つ刺激作用に関する思い違いを多くの人がしている、ということです。強度の刺激はときとしてかぶれを引き起こすことがあります。酸やアルカリ分の強い薬や濃度の高い消毒液は、白癬菌を殺す前に人間の皮膚を痛めてしまいます。第2には、薬を塗ってかぶれてしまっても、その原因が使用している薬にあるとは気がつかないことです。かぶれというのは、1種のアレルギー反応です。アレルギーとは、体がある一定のものに
対して拒絶反応を起こし、危険のシグナルを出すことをさします。2,3カ月間塗り続けていて、なんの問題もなかった薬剤が、体質の変化によって、ある日突然、猛烈な害を及ぼすことがあるのです。
●水虫薬がかぶれの原因になることも多い 「ずっとこの薬を使ってきて平気だったんだもの、薬が原因であるわけがない」
かぶれの原因が、水虫よりむしろ薬にあることを伝えても、そういって信じない人もいます。しかし、長い間使っていた薬だからこそ、アレルギー反応が起きるのです。「体に
あわない」とリンパ球が判断するまでに時間がかかるためです。また、「同じ薬を塗っていて治った人がいるのに、どうして自分だけがかぶれるの」
と、不信に思う人もいます。これもやはり体質の個人差によるものといえるでしょう。
万人の体質に合致する薬というのは珍しいぐらいです。どんなに効果がある薬だと人から勧められても、無理して塗布し続けているとかえって症状を悪くしてしまう危険性があるのです。
水虫の薬選びが難しいワケ
だからといって、市販薬を使うことを否定しているわけではありません。市販薬の効果は、病院で処方される薬の半分ほどですが、本当に水虫で、初期の段階ならばきれいに治すことができるでしょう。私が注意を促したいのは、「本当に水虫ならば」という点です。痒みの原因が水虫かどうかを見極めるのには、専門的な知識と経験が欠かせません。皮膚病の中には水虫と似通っている症状を示すものがたくさんあり、簡単には病名を判断できないのです。
なかでも最も水虫と誤りやすいのは、「掌蹠膿疱症」です。この病気は、ひと昔前は水虫と混同されていたほど、水虫の症状に類似しています。見た目も小水疱型足白癬とそっくりで、爪白癬のように爪を変形させることもあります。ただ、これは白癬菌による炎症ではありません。原因はわかっていませんが、人にうつることもなければ、輝みも水虫ほどではありません。また個々の発疹は水疱ではなく、中身はその名のとおり黄色い銀であることがほとんどです。
次に判断が難しいのがかぶれです。手足に水疱ができ、痒みをともなうところは水虫とそっくりですが、原因はアレルギーです。足底にできやすい汗咆も水虫のようにみえますが、これは1種のあせもで悪化することはありません。こうした皮膚病に水虫薬を塗った場合、著しく悪化することはないにしても、治ることもないでしょう。ただし、5%くらいの確率でかぶれを引き起こすことがあるので注意が必要です。
また、素人の方が、市販薬を購入するとき、数ある水虫薬の中から刺激性の少ないものを自分で選ぶのは難しいでしょう。また、痒みが強い場合、皮膚の奥までしみてくる感じがある薬のほうが、何の反応もない薬よりも効き目があるように思えるかもしれません。
「水虫薬ならなんでも同じ」
そう頓着無く薬を使用する人も少なくないようです。しかし、これらはまったくの誤解であり、よかれと思って使った薬が症状をいっそう悪化させることもあることを心にとめておいてください。
外用ステロイド剤の誤用に要注意
また、薬選びで注意しなければならないのは、ステロイド剤の使い方です。水虫を他の皮膚炎と間違ってステロイド剤を使用し続けてしまうと大変なことになります。
ステロイド剤は、ご存じのとおり、炎症を抑える作用が非常に強い薬剤です。そのため、水虫にかぶれが併発している場合などは、本格的な治療に入る前に、皮膚の状態を整えるため、まずはステロイド剤を使うことがあります。といっても、それは4〜5日という1時的なことです。そのままステロイド剤を塗り続けているといったんは症状がよくなったようにみえても、皮膚の免疫力が低下してしまうために白癬菌がまさにオリンピック選手のように元気になり、かえってひどい状態に戻ってしまいます。
一方、もし水虫とわからないまま炎症を抑えるためだといって、ステロイド剤を塗り続けているとどうなるか。以前、頭部白癬をただの湿疹と誤診されて外用ステロイド剤を長期間使っていたために、頭皮のいたるところに水虫が広がってしまい、あわてて我々の病院に駆け込んで来られた子どもの患者さんがいました。
湿疹と診断されステロイド剤を投与され、泊りが悪い場合には、白癬菌による皮膚病の可能性を考えて1度は真菌検査を受けることをお勤めします。
民間療法ほど水虫を悪化させるものはない
水虫の治療に関して、多くの人が認識違いをしている大きな問題がもう1つあります。それが、意外と一般に普及している民間療法です。
たとえばどのようなものがあるのか、列挙してみましょう。
・アロエの汁をつける・ニンニクを塗る・酢で洗う・夏、海水浴に行けば、症状がよくなる
・抗菌作用があるので、硫黄や酸性の強い温泉に入る・熱く焼いた火箸で、皮膚を傷つけないように患部に軽く触る
・患部にバンソウコウを貼る
といったぐあいに、さまざまな民間療法があります。
いったいなぜ、こうした民間療法が広まったのか。根拠の薄いものがほとんどですが、なかには多少意味があるものもあるようです。
たとえば、海水浴ですが、これは海水が水虫に効くのではなく、熱い砂浜を歩くと足の裏が多少乾燥するからよくなった気がするというものです。焼いた火箸も同じ原理だといえるでしょう。また、食用酢やクレゾール石けんには、若干の殺菌作用があります。
といっても、これらの方法は医学的には、あまりお勧めできません。何度も繰り返しているように、人にはそれぞれ固有の体質があります。ある人に効いたものが、他の人にはかぶれの原因になるかもしれないのです。
「水虫は医者に診てもらうほどの病気じゃないよ」
こうした考えが、自分でなんとか対処できればと、これらの療法を生み出したのかもしれません。しかし、慢性化すれば治療に非常に長い期間を要してしまいます。合併症を起こせば取り返しのつかない結果を生じるかもしれません。民間療法で悪戦苦闘などしなくても、正しい知識をもって適切な治療に当たれば、極めて良好な結果が得られるのです。
治りにくい水虫には合併症を疑え
合併症があると、水虫は治りにくい
「根気よく治療を続けているのに、年々悪化していく。いったいどうすれば水虫から解放されるのか」
そう、まさに悲痛な面持ちで訴える人がいます。たしかに、水虫を含め多くの皮膚病は、短期間の治療では治りません。しかし、適切な治療さえ怠らなければ、時間とともにほとんどは快方に向かいます。それが本当に悪化してしまうのだとしたら、他に原因があることを考えなければならないでしょう。
水虫が治りにくい人は、他の病気を合併していることが多いものです。たとえば糖尿病、膠原病、癌、あるいは、病気の治療のためにステロイド剤や免疫抑制剤を使用中の患者さん、発汗異常、またはなんらかの病気が原因で休の免疫力が低下しているときなどは、白癬菌が悪さをしやすい状況にあるのです。
とくに、糖尿病にかかっている人は、水虫にも注意を払わなければなりません。水虫の病変から化膿菌が侵入し、足の裏がはれあがり、痛みで歩けなくなる人もいます。また、糖尿病の人は水虫ばかりではなく、他の細菌にも好まれる状態にあり、おできや股ずれ、口の周りのただれなどができやすくなっています。
水虫の見分け方
安心して薬を利用するためにも、やはり白癬菌に詳しい専門医がいる皮膚科で、きちんとした鑑別診断を受けることが大切です。専門医なら症状を見ればだいたいのことはわかるでしょう。それでもKOH検査などによる原因菌の証明はかかせません。
いま、足の皮膚が破れたり水疱ができて悩んでいる人、あるいはどうしようもないほどの痒みを覚えている人は、自分が本当に水虫なのか、あるいはどんなタイプなのかを見極めてから治療を始めなければなりません。とはいっても、日々の生活に追われ、病院へ行く時間がないという方も少なくないでしょう。そこで、私たち医師が通常、どんな基準で水虫を判断しているのかを簡単に紹介します。
第1に、発症した季節が重要なポイントになります。
外来の水虫患者さんの来院数には、1年間のうちに1定のサイクルがあります。毎年、ある時期になると突然、患者さんの数が増え、それが毎日コンスタントに続くようになります。
このある時期とは、平均気温が15度を起すころからです。スポーツやレジャーなど、人々が行動しやすくなる季節は、前にも述べたとおり白癬菌が活動を再開し始める時期と重なっています。このころ、足が突然痒くなりだしたならば、その原因のほとんどは水虫といえるでしょう。
次のポイントは、発症部位です。
水虫が最もできやすい箇所は、足の薬指と小指のまたと土踏まずです。ここに米粒から小豆大くらいの水疱がポツポツと散在しているならば、水虫の可能性があります。一方、もっと小粒の水疱が密集していれば、かぶれの可能性を否定できません。また、足の甲や指の表面部に水虫ができることはまずないため、ここに炎症が起きている場合にはかぶれと考えて間違いないでしょう。
「水虫は治りにくい病気だ」というのは水虫患者に共通する認識です。「水虫を本当に治す薬ができたら、ノーベル賞ものだってさ」などどいう人も少なくありません。
しかし現在、水虫の研究が進むにつれて、非常に優れた薬が開発されてきています。白癬菌を皮膚から根こそぎ取り除けるまで、自分の症状に適した薬を使い、根気よく治療を続ければ、ほどんどの水虫は治るはずです。
長年にわたって足の痒みとつき合い、その結果、「水虫は治らない病気」と思い込んでしまっている人は、間違った薬を使用していないか、そしてはたして自分は本当に水虫なのか、と疑ってみる必要があるかもしれません。
急性期に治療を開始するのが治癒への近道
水虫は段階的に変化する
6月の中旬、梅雨の入り口にさしかかったころ、なんとなく足がムズムズし始める。これが、水虫の最初の自覚症状です(もちろんそれ以前の少なくとも数年前には、感染成立時期があるのですが、症状がないため、水虫になっていることに気づかない人が大半です)。ついで、長雨の合間の蒸し暑い日に、汗で湿った靴の中で足が1段とむず輝くなり、何気なく目をやると足の小指のつけ根に小さな水疱ができているという経過をたどります。
この初期段階が急性期の状態です。あるいは、夏の初めに症状が著しく悪化した人も急性期の水虫です。急性期の水疱は比較的大きいもので、米粒大から小豆大くらいのものまであり、大きさに一貫性はありません。発生する部位としては、足の指のまたや足の裏、爪の横の皮膚が主です。ただ、これもとくに決まりなどなく、いたるところに点在することもあります。気をつけなければならないのは、症状が慢性のものに比べて、急性期は急激に変化しやすいということです。この急性期は、皮膚のリンパ球をはじめとする免疫細胞と白癬菌との激しい闘いの期間であるため、さまざまな症状を生じやすいのです。
激しい症状を引き起こす水虫の急性期
足の水虫が化膿とかぶれでグジャグジャとなり、足背より下腿にかけてリンパ管がはれあがり、38度もの高熱が出てしまう。
こうなってしまった場合には、とにかく入院して安静にしていることが1番です。急性期にこのようなひどい状態になってしまうのは、昼夜関係なく、仕事にとび回っている人が少なくありません。とくに昼間は革靴を脱ぐ機会がなく、夜は入浴をする暇もないという生活を送っていると、足が不潔になっていると同時に体力が落ちているため、白癬菌が悪さをしやすいのです。といっても、症状があまりにも激しいため、「単なる水虫ではないのではないか」と心配される人もいます。しかし、急性期は、繰り返しますが水虫の中でも初期の段階です。ここで適切な治療を始めれば、比較的短期間で治癒に向かいます。そこで、この時期にすべき治療
法を説明しましょう。
激しい症状が現れてしまったら専門医の力が必要となります。この場合は、次のような処置がとられます。
⑴1かぶれが生じているときは外用ステロイド剤を4〜5日間使用し、炎症が治まってから抗真菌剤を外用する
⑵化膿菌が入ってしまったときは、化膿菌を培養して菌の性質を調べる。同時に抗生剤の内服と外用による治療を開始する
水虫にかぶれと化膿菌感染が入りまじってしまった場合、とくに大切なのは安静です。病変部のある足からリンパ管を伝わって股のリンパ腺まで化膿菌が来ていますので、動き回ると菌が足から体全体にまわってしまうのです。
また、この時期水虫は、患部がじくじくと湿っているため、患部を乾燥させなければなりません。そこで、足の乾燥をうながす足浴の方法を紹介しましょう。まず、ヒビテン水、イソジン液、クレゾール液などの消毒薬を用意し、100〜1000倍に希釈します。これを洗面器に入れて、10分から15分間患部のある足をつけて洗います。このとき、足指を開いたり伸ばしたりして、よく動かすとよいでしょう。
足浴後、病変部に痒みがある場合は、抗真菌剤と抗生剤とステロイド剤を混合した軟膏を塗ります。そしてその上に、亜鉛華軟膏をガーゼに厚く仲ばしたものを貼り、包帯します。
こじれていない患部へは、抗真菌剤のみを塗ります。
一万、全身的な処置が必要な場合は、抗生物質や抗真菌剤の内服を1週間程度行います。抗真菌剤の内服は、イトラコナゾール(2カプセル/日、7日間)またはテルビナフィン(1錠/日、7日間)で十分に効果があります。ただし、化膿が著しく進行している場合は、抗生剤の点滴が必要となります。この方法を続けてかぶれと化膿がおさまれば、塗り薬による治療を継続します。また、様子をみながら、ときどきイトラコナゾールまたはテルビナフィンを内服するのもよいでしょう。ある程度よくなった時点で、私は患者さんに「あなたの水虫のタイプは、今回のように急激に悪化してはれあがり、歩けなくなってしまう水虫ですから覚えておいてくださいね」
と釘を刺します。また「冬の症状のないときにもう1度来院してください」とつけ加えます。
ただ、症状の軽い場合には、外用剤を1日1回塗り続けていれば、1ヵ月間でかなり快復するでしょう。 ところが、途中で治療を自分勝手にやめてしまったり放っておくと、水虫は慢性化していきます。その人の足の形や白癬菌の種類、体質などさまざまな要素がからみあって、4年から5年の期間をかけてあるタイプに定まっていくのです。それが、小水疱型、趾間びらん型、角質増殖型などです。こうした慢性期の水虫は1つのタイプだけを発症するケースと、複合するケースとがあります。慢性化したということは、白癬菌が角質層に根づいてしまったことを意味します。ぞのため、治療は長期間にわたって行わなければならず、根気が必要になります。